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福岡高等裁判所 昭和40年(う)697号 判決 1966年2月02日

被告人 松尾武

検察官 土井義明

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金六、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、福岡高等検察庁検事土井義明提出の福岡区検察庁検察官事務取扱検事栗本義親作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、記録に編綴されている被告人提出の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意、事実誤認もしくは法令の解釈適用の誤の主張について。

原判決は、被告人は交通整理の行なわれていない判示交差点で、安全確認のため一旦停車して、幅員が明らかに広い右側道路から同交差点に向つて直進して来る早田誠弥運転の普通貨物自動車を交差点の手前二一米付近に認めたが、自己の運転する自動三輪車は早田の車両の接近にさきだち通過し終るものと誤信して発進し、交差点を直進して同車両の進路前方を通過し、そのため早田誠弥をして危険を感ぜしめ急拠停止措置をとらしめて、その進行を妨げたが、被告人としては、右所為にあたり早田の車両の進行を妨げるという結果の発生を認識予見していなかつたものと認められるから、右所為は過失によるものであるところ、これが過失の所為を処罰する規定はない、とする。

按ずるに、車両等が交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において道路交通法第三六条第三項は、「……幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両等があるときは、車両等は……幅員が広い道路にある当該車両等の進行を妨げてはならない」と規定し、右「進行を妨げてはならない」とは、一般に相手方の車両等の進行を妨害し、その進行を遅らせてはならないということである。即ち進行妨害に故意を要すること勿論であるが、その故意ありや否やは進行妨害による事故発生の有無、その事故発生についての認識の有無とは関係なく、優先道路を客観的に危険と感じられる至近距離において進行しつつある相手車両のあることを認識しながら、その進路前方を通過することは故意にその進路を妨害したものというべきである。そして証拠上認められるように、原判決認定のような近距離を、しかも時速約四〇粁で、早田誠弥運転の車両が進行しているのを認めながら、被告人が、あえてその進路前方を通過する措置に出た以上、被告人として、右車両との接触事故という結果発生の危険についての認識予見はなかつたにしても、少なくとも該車両の進行を遅らせることについての認識はあつたものと認めるのが相当である。そうだとすれば、被告人の右所為はまさしく道路交通法第三六条第三項の規定に違反し、同法第一一九条第一項第二号の二に該当するものというべきであるから、被告人の所為を過失によるものとし、右処罰条項に該当しないとした原判決には、事実誤認もしくは法令の解釈適用の誤があるものといわなければならない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書により原判決を破棄し、さらに当裁判所自ら判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三九年一〇月四日午後一時三〇分ごろ第二種自動三輪車を運転して、交通整理の行なわれていない福岡市西堅粕一丁目二五番地先道路の交差点に入るに際し、その通行している道路の幅員(八米位)よりも、これと交差する道路の幅員(総幅員二〇米、左右に各三・五米の歩道あり)が明らかに広く、その広い道路から早田誠弥運転の普通貨物自動車が右交差点に入ろうとしているのに、同車の前方を通過してその進行を妨げたものである。

(証拠の標目)

早田誠弥の司法警察員および検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書司法警察員作成の実況見分調書被告人の司法警察員および検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書

(法令の適用)

被告人の所為は、昭和四〇年法律第九六号による改正前の道路交通法第一一九条第一項第二号の二、第三六条第三項、昭和四〇年法律第九六号附則第六条に該当するところ所定罰金額の範囲内で被告人を罰金六、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、なお原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本冨士男 裁判官 中島武雄 裁判官 矢頭直哉)

検察官事務取扱検事栗本義親の控訴趣意

原審裁判所は、

「被告人松尾武は、昭和三九年一〇月四日午後一時三〇分頃、第二種自動三輪車を運転して交通整理の行なわれていない福岡市西堅粕一丁目二五番地附近の道路交差点に入るに際し、その通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広く、その広い道路から普通貨物自動車が右交差点に入ろうとしているのに、同車の前方を通過してその進行を妨げた。」との公訴事実に対し被告人松尾は過失により早田の車両の進行を妨げたもので道路交通法第一一九条第二項の過失処罰規定からこの種過失は除外されているので被告人を右過失に処罰し得ないとして無罪の判決を言い渡したが、原判決には事実を誤認したか若しくは、法令の解釈適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

一、事実誤認について

(一) 原判決が無罪の理由として判示するところは「被告人は交差点の直前において、安全確認のため一旦停車して、右側道路から同交差点に向つて直進して来る早田誠弥の運転する普通貨物自動車を交差点の手前二一米附近(交差点右側に接続して幅員四・五米の横断歩道があるのでその外側の線から測定すれば一六・五米附近)に認めたが自動車は同車両の接近に先きだち通過し終るものと誤信して発進し、交差点を直進して同車両の進路前方を通過した。そのため早田誠弥をして危険を感ぜしめ急拠停止措置をとらしめてその進行を妨げたという事情が認められる。即ち被告人は右所為にあたり早田の車両の進路を妨げるという結果の発生はこれを認識予見していなかつたものと認められ、つまり右所為は過失によるものと認めざるを得ない。ところで道路交通法第一一九条第二項の過失処罰規定からこの種過失は除外されているので被告人を右過失により処罰し得ないこと当然である」とするのである。

(二) しかしながら犯行現場である交差点は、相手車両の進行する道路の幅員(総幅員二〇米左右に各三・五米の歩道あり)が被告人の進行する道路の幅員(八米)よりも明らかに広いので相手車両の進行する道路が優先道路であることは、被告人も充分認識しており(記録四四丁裏、一八丁表)従つて被告人は交差点に入る手前で一旦自車を停車し、右方道路(優先道路)の安全を確認したのであつてその際右斜前方約三〇米の地点を同交差点に向つて進行しつつある相手車両を認めているのである(同一四丁裏、一五丁表、一八丁表事故現場見取図)。

かかる場合、被告人としては相手車両に進路を譲るべきは当然のことであるのに敢てその前方を通過しようとしてその挙に出でたことは当然の結果として相手車両の進行を妨害することになりこれを認識予見して敢行したものと認められ畢竟被告人の右所為過失によるものではなく故意によるものと認めるべきである。被告人は相手車両である普通貨物自動車を認めたが未だ可成の距離があるのでその車両が交差点に進入する前にその前方を直進しても充分交差点を通過し得るものと思つて、相手車両の進路前方を通過したところ、相手車両と衝突するのに至つた旨(同四四丁表、同丁表及び四五丁表)供述しておるが、これは、過失により相手車両の進行を妨害したと見るべきではなく、事故発生が過失によるものと見るべきである。進行妨害の故意ありや否やは事故発生の危険ありや否やの認識とは直接には関係なきものというべきであるから、事故発生の有無、また事故発生についての認識の有無とは関係なく、いやしくも優先道路を客観的に危険と感じられる至近距離において進行しつつある相手車両のあることを認識しながら、その進路前方を通過することは故意にその進路を妨害したものと認めるべきである。

本件においては、被告人が相手車両の進行を妨害した結果、被告人の車と相手車両の衝突事故を惹起しているが、これは被告人が相手車両の進路を故意に妨害しただけにとどまらず、相手車両が交差点に進入するにさきだち自車が該交差点を無事通過し得るものと誤断して発車した過失により事故の発生をも来たしたと見るべきである。

原判決は「被告人が自車は相手車両の接近にさきだち通過し終るものと誤信して進行したのであり、相手車両の進行を妨げるという結果の発生を認識予見していなかつたものと認められる」というのであるが、被告人が一旦停車して右斜前方を見た際、すでに相手車両は約四〇粁の速度で同交差点に進行しつつあつた(同二〇丁表、三八丁裏)のであるから、時間的、距離的な客観的状況(同四二丁表裏、三八丁裏)から見て相手車両の正常運転に障害を来たすことなくその前方を無事に通過し終ることは到底困難なことであり、相手車両の進行を妨げるという認識を持つていたと認定するのが相当である。これらの事情を看過して被告人の過失に基くものと認定した原判決は明らかに事実を誤認するものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

二、かりに原判決が進路妨害の故意ありとするには、事故発生についての認識を要するものと解しているとすれば、これは法令の解釈を誤つたものである。即ち、道路交通法第三六条は「優先道路等にある車両等の優先」についての規定であり、第一項においては公安委員会が優先道路の指定をすることが出来る旨、第二項において「車両等は交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、その通行する道路と交差する道路が優先道路であるとき又はその通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは徐行しなければならない」と規定し、その第三項において「前項の場合において優先道路又は幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両等があるときは、車両等は優先道路又は幅員が広い道路にある当該車両等の進行を妨げてはならない。」と規定されている。

ここに「進行を妨げてはならない」とは一般には相手の車両等の進行を妨害し、その進行を遅らせてはならないという意味に解すべきである。前記の如く被告人は狭い道路から明らかに広い道路に入つて直進しようとした際、一時停車をして右方を確認したところ、右斜前方約三〇米の地点から相当の速度で同交差点に向つて直進して来る車両を認めたことが明らかであるから、道路交通法第三六条第三項により、当然一時停車又は徐行して広い道路にある車両に進路を譲り、その進行を妨げてはならないのである。

従つてその進行妨害の故意ありとするには、前述のとおり右斜前方三〇米という至近距離を交差点に向つて、しかも優先道路上を進行しつつある車両のあることを認識し乍ら敢えてその進路前方に進出するという認識さえあれば足り、更に進んで妨害の結果事故発生の危険についてまで認識する要はないものと解すべきである。

叙上のとおり原判決は事実を誤認したか、若しくは法令の解釈適用を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

仍て原判決を破棄し適正な裁判を求むるため本件控訴の申立てに及んだのである。

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